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千利休宗易

08.利休の茶道具

​❙目次❙

めに

現在制作中

❙御好道具

それまでの「書院茶湯」の華美な装飾を徹底的に排除し『名物』といわれた『唐物』を否定。

『無地』『木地』などの質素なものを中心に色は黒や朱の一色を好み徹底的な無駄を排除し、そのシンプルで機能美あふれるデザインは後世においても茶の真髄として『利休形』『利休好』などとして伝えられている。

もっとも有名なものに『樂焼』が上げられる。

『樂焼』の創始者である『[千家十職]樂家初代/樂長次郎(生年不詳-1589)』とともに「抛筌斎千宗易(利休)(1522-1591)」の『侘茶』を体現する茶碗を生み出している。

また釜、茶入、などは形を『侘茶』に適応させ、棚や台子などの新しい茶道具の考案をはじめ自身も茶杓や花入を削っている。

伝来する自作のものに

  • 「竹花入[園城寺]」

  • 「竹花入[音曲]」

  • 「竹花入[夜長]」

  • 「竹花入[尺八]」

  • 「茶杓[泪]」

  • 「茶杓[面影]」などがある

もう一つの特徴としては『漁師の籠』を見て花入に転用するなどの『見立道具』が上げられる。

現代においても利休の名を冠した物から利休の考案した形など茶道のみならず日本の伝統、文化に与えた影響は計り知れない。

❙利休の​文

利休は茶道具以外にも下記のようなさまざまな文や歌入りの文が遺っている。

  • 『[大名/利休七哲]古田(織部)重然(1544-1615)』に宛てた『武蔵鐙の文』(東京国立博物館蔵)

  • 『[武将/利休門三人衆/利休七哲]芝山(監物)宗綱(生没享年不詳)』に宛てた『蟄居見舞いの返書』(裏千家今日庵蔵)

  • 『[塗師]喜三(生没享年不詳)』に宛てた『手桶の文』(表千家不審庵蔵)

  • 『伊勢待従』に宛てた『大仏普請の文』(大阪城天守閣蔵)

  • 『平野勘兵衛(生没享年不詳)』に宛てた『大徳寺門前の文』(大阪城天守閣蔵)

  • 『大徳寺/聚光院)』に宛てた『永代供養の文』(大徳寺聚光院蔵)

などがある。 

「抛筌斎千宗易(利休)(1522-1591)」自筆の『真蹟』『書状(「利休の文」「利休消息」)』は『[大名]織田信長(1534-1582)』参仕以前の物はほぼ皆無であり参仕時代に至っても僅少でそのほとんどが『[関白/太閤]豊臣秀吉(1536-1598)』の参仕時代の物である。

また天正十三年(1585)以前は『抛筌斎宗易』以後は『利休宗易』と署名されている。

なお『祐筆』には『鳴海宗温(生没享年不詳)』が知られるが『[長男(先妻)]千(眠翁)道安(1546-1607)』『[養子]千少庵宗淳(1546-1614)』の代筆も考えられる。

❙千利休宗易❙
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