
千家十職
千家十職
❙はじめに ~ 千家十職 ~
「千家十職(せんけじゅっしょく)」とは、千家好みの茶道具の制作を業とする十家の職家であり、日本美術(伝統工芸)の中でも特に重要な職人技を受け継いできた家々です。その技法は代々継承され、茶の湯の美と職人の美が融合した作品を生み出しています。
では、なぜ千家十職が茶の湯と深くかかわるのか?またどのようにして千家十職が生まれたのか?その歴史を紐解きその伝統美を生み出し続ける「千家十職」の成り立ちからその魅力をご紹介したいと思います。
それでは「千家十職」について詳しく見ていきましょう。
❙千家十職 ~ 千家十職とは? ~
千家十職とは「表千家」「裏千家」「武者小路千家」の三千家に出入りし、歴代の御家元の御好道具や千家の流れを汲む茶道具を代々にわたり制作する十の職家の総称です。
千家十職は、茶の湯に欠かせない道具の制作を専門とし、茶碗、釜、指、塗師、竹細工など、それぞれの分野において高い技術を誇ります。各職家は千家の好みに応じた茶道具を生み出し、その作風や意匠は時代ごとに発展しながらも、伝統的な技法を守り続けています。
また、千家十職の職人たちは、単に茶道具を作るだけではなく、千家の茶の湯の精神を深く理解し、それに寄り添った道具作りを行うことが求められます。そのため、利休の精神と理念を学びながら、代々受け継がれる技と心を大切にしていることが大きな特徴です。
千家十職が手掛ける茶道具は、茶の湯の美意識を体現し、茶会において重要な役割を果たすものとして高い価値を持ち続けています。
千家十職は、以下の十の職家によって構成されています。
※落款につきましては各家、歴代、作陶時期、作品などによりさまざまな違いがあります。下記の花押につきましては一例として表記しています。
❙樂家 / 茶碗師❙
らく・きちざえもん
樂 吉左衛門
❙永楽家 / 土風炉・焼物師❙
えいらく・ぜんごろ う
永楽 善五郎
❙大西家 / 釜師❙
おおにし・せいえもん
大西 清右衛門
❙奥村家 / 表具師師❙
おくむら・きちべえ
奥村 吉兵衛
❙黒田家 / 竹細工・柄杓師❙
くろだ・しょうげん
黒田 正玄
❙駒澤家 / 指物師❙
こまざわ・りさい
駒澤 利斎
❙土田家 / 袋師❙
つちだ・ゆうこ
土田 友湖
❙中川家 / 金物師❙
なかがわ・じょうえき
中川 浄益
❙中村家 / 塗師❙
なかむら・そうてつ
中村 宗哲
❙飛来家 / 一閑張細工師❙
ひき・いっかん
飛来 一閑










❙千家十職 ~ 千家と職家 ~
茶道は、日本独自の茶室という空間で行われ、季節や道具の取合せ、独自の作法が重視される文化です。そのため、使用される茶道具には創意工夫や利便性が求められ、職人たちは茶の湯の精神を理解しながら、茶道具を制作してきました。
茶の湯の大成者である『抛筌斎千宗易(利休)(1522年-1591年)』は樂家初代『長次郎(不詳-1589年)』の茶碗や京釜師である『辻与次郎(生没年不詳)』の釜など独特の意匠を持った茶道具を好んでいました。
『千家三代/咄々斎元伯宗旦(1578年-1658年)』は祖父である『抛筌斎千宗易(利休)』の茶風を残そうと、その精神を受け継ぐよう職人たちを指導。
また『千家三代/咄々斎元伯宗旦』は今日の千家十職である「茶碗師/樂家」の茶碗や「一閑張細工師/飛来家」の棗・香合のほか、今日の「千家十職」に名はないが『釜師/西村九兵衛(生没年不詳)』の釜など多くの作品を残しており、幅広く利休好みの作品を制作できる者を重用したことが伺える。
千家と職人の関係が明確に示された事例の一つとして元文四年(1739年)九月四日に『表千家七代/如心斎天然宗左(1705年-1751年)』が催した「千利休/百五十年忌」の年忌茶会では、千家の職方として以下の五名が招かれていました。
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『茶碗師/樂吉左衛門』
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『塗師/中村宗哲』
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『袋師/土田友湖』
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『竹屋/玄竺』
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『袋師/二得』
このうち、『茶碗師/樂吉左衛門』と『塗師/中村宗哲』は当時の職方の長老的な存在だったと言われており、千家と職家の強い結びつきを示しています。
このように、千家の茶の湯の発展とともに、特定の職人たちが千家の好みに応じた茶道具を制作し続けることで、伝統を継承しながら千家の茶道具を作り続けており、茶の湯の美意識を体現する重要な存在となっています。
❙千家十職 ~ 職家の固定 ~
茶の湯の大成期(江戸時代)には現在のように固定された十家に限らず、千家に道具を納める職家は二十家以上あったとされています。しかし時代とともに千家に出入の職家は徐々に整理・固定されていきました。
千家に出入りする職家が十家として明確にになっている最古の記録は宝暦八年(1758年)に行なわれた『宗旦/百年忌』の茶会であせす。
この茶会には以下の10名の職家が招かれています。
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『茶碗師/樂吉左衛門』★
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『塗師/中村宗哲』★
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『袋師/土田友湖』★
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『竹屋/元斎】
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『釜師/大西清右衛門』★
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『指物師/駒沢利斎』★
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『柄杓師/黒田正玄』★
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『鋳師/中川浄益』★
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『大工/善兵衛』
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『表具師/奥村吉兵衛』★
その後、千家に出入りするの職家は徐々に固定され、天保十一年(1840年)の「利休二百五十年忌」の茶会ではほぼ今日の千家十職と同様の職家が招かれています。
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『茶碗師/樂吉左衛門』★
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『袋師/土田友湖』★
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『釜師/大西清右衛門』★
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『指物師/駒沢利斎』★
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『柄杓師/黒田正玄』★
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『鋳師/中川浄益』★
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『表具師/奥村吉兵衛』★
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『一閑張師/飛来一閑』★
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『西村善五郎(現:土風炉・茶碗師/永楽善五郎)』★
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『塗師/余三右衛門』
千家十職の職家が現在のように「十職」として正式に認識されるようになったのは、昭和八年(1933年)頃です。
この頃「十家」による『十備会』が結成され、昭和六十年(1985年)には歴史と伝統を守る為『十職会』が発足されました。今日でも『十備会』による作品展が三年毎に開催されており、今日においても『千家十職』の各家当主は毎月一日には表千家御家元の元へ集っています。
今日一般的に呼ばれる「千家十職」の尊称は大正時代に入り、茶道界の再興ととも確立されたとされています。茶道具制作の需要が飛躍的に増えたこの頃、百貨店で御家元御好道具の展覧会が催された際にはじめて「千家十職」の称が用いられという。(※その他諸説あり)
千家十職は、今日の芸術作家とは異なり、単に独自の創作を行うのではなく、茶道具の基本となる「利休好み」の形や色を各家で守りつつ、その時代の御家元や当主の意向を反映させた茶道具を制作しています。これにより、代々受け継がれた伝統を固守するだけでなく、亭主の意向や茶の湯の変化、自らの創造性などさまざまな要素を取り入れながら、新たな茶道具を生み出し続けています。
このように、千家十職は長い歴史の中で固定化されながらも、常に時代の流れと茶道の発展に寄り添い、その伝統を現代に受け継いでいます。
❙目次 ~ 千家十職 ~
これからご紹介します「千家十職」の目次は下記となります。
❙ 免責事項 ❙
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