
茶室と露地
05.水屋
❙はじめに ~ 水屋 ~
「茶室と露地」では、『千家開祖/抛筌斎千宗易(利休)(1522年-1591年)』が生み出した茶の湯の空間美と、その精神性について、全5項目にわたり解説し、茶室と露地の役割や歴史、そしてそこに表現される日本の美意識を詳しくご紹介します。
「水屋」では、茶席の裏方としての機能を果たす水屋について、その役割と重要性を解説します。
水屋は、茶の湯において準備や後片付けを行う場所であり、亭主がスムーズに茶会を進めるために欠かせない空間です。ここでは、茶碗や茶杓の準備、水の管理、炭の用意など、茶席を陰で支える作業が行われます。
見えない部分だからこそ、細部までの心配りが必要とされる水屋の意義と、その重要性について詳しく紐解いていきます。
それでは、「水屋」について詳しく見ていきましょう。
❙水屋 ~ 水屋とは? ~
水屋とは、茶室に隣接する空間で、茶事や茶会、稽古の準備や片付けを行う場所です。ここでは、点前道具、茶事懐石、炭、花などの準備や管理が行われ、亭主が客をもてなすための支度を整えます。水屋は、茶道の運営において欠かせない重要な機能を持つ場所です。
しかし、水屋は単なる作業場ではなく、茶道における学びの場としても位置づけられています。道具の扱い方や配置、手順には細かな決まりがあり、茶室と同様に水屋も常に清潔に保ち、整理整頓することが求められます。
水屋の在り方や扱い方を通じて、茶の湯の本質である「もてなしの心」や「作法の美しさ」を学ぶことができるため、茶道を深く理解するためには水屋での心得も欠かせません。
裏千家の大水屋には、『裏千家十三代/圓能斎鉄中宗室(1872年-1924年)』による「此処ハ側茶室ノ道場ナリ」の教訓が掲げられています。
この言葉は、水屋が茶室と一体となった重要な空間であり、単なる準備の場ではなく、茶の湯の精神を学び、身につけるための修練の場であることを示しています。
茶道において水屋の心得を身につけることは、茶の湯全体の理解を深め、亭主としての所作をより洗練させることにつながります。そのため、水屋の役割や作法を習得することは、茶道を学ぶ上で極めて重要な意味を持っています。
❙水屋 ~ 名称 ~
「水屋」という言葉にはさまざまな由来があり、古くは「水遣」や「水谷」とも書かれました。また、かつては「勝手」とも呼ばれ、茶室における裏方の空間として認識されていました。
現存する最古の茶会記である「松屋会記」には、水屋を指す語として「勝手」が用いられており、天正十六年(1588年)に『[豪商/茶人]山上宗二(1544年-1590年)』が記した「山上宗二記」には「水ツカウハシリ」との記述が見られます。
この言葉を「水ツカウ=水遣」「ハシリ=流し」と解釈すると、「水を遣う流し場」を意味し、今日の水屋と同じ用途を持つことがわかります。
❙由来❙
「水屋」という名称の起源については諸説あり、主に以下の三つの説が考えられています。
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神社や寺院の参道脇や社殿前に設置され、参拝者が手や口を清めるための「手水鉢」や「水盤」を指す「水屋形」という言葉があり、これが略されて「水屋」となったという説です。この解釈では、水屋が茶室の清浄な空間を支える役割と共通していることが伺えます。
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仏教には、「飲食や行動を慎み、身体の穢れを清める」という意味を持つ「斎戒沐浴」という言葉があります。この「浴」の字を「水」と「谷」に分けて「あてがわれた」と考えられ、そこから「水谷」が「水屋」へと変化したとする説です。水屋が「水を扱う場」として神聖な意味を持つことを示唆する由来のひとつとされています。
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奈良にある『水谷神社』は、化政年間(1804年-1830年)以前には『水屋神社』と称されていました。このことから、古くから水屋には「飲料水を司る神が宿る」と考えられており、実用的な「水遣」の字から『水屋神社』にあやかり、「水屋」と称されるようになったとする説です。水屋が「水を清め、管理する空間」としての神聖な意義を持つことが、この説からもうかがえます。
これらの説が示すように、水屋という言葉は茶道における水の役割と深く結びついています。江戸時代(1603年-1868年)の中期以降の書物にはすでに「水屋」や「水ヤ」といった表記が確認されており、今日までこの名称が定着していることがわかります。
❙斎戒沐浴❙
「斎戒沐浴」とは、神事や仏事を行う前に心身を清め、食事を慎み、身体の穢れを浄めることを指します。
「斎」 … 心身を清く保つこと。
「戒」 … 誤りを慎み、規律を守ること。
「沐浴」 … 湯水で身体を洗い清めること。
この精神は茶道においても「水屋を清める行為」として通じており、茶の湯の場を神聖な空間として整える大切な役割を果たしています。
水屋は単なる作業場ではなく、水を扱う神聖な空間として、さまざまな由来を持つ言葉と共に発展してきました。江戸時代以降、「水屋」という名称が定着し、今日まで茶道の一部として大切に受け継がれています。茶室における水屋の存在は、茶道の理念と実践を支える重要な役割を担っており、その語源にも茶の湯の精神が深く息づいているのです。
❙水屋 ~ 歴史 ~
元禄十四年(1702年)には『[茶匠/宗旦四天王]宗偏流開祖/山田宗徧(1627年-1708年)』が記した『利休茶道具図絵』に「水遣の寸法」として棚板の長さや框、釘の打ち方など寸法が記されています。
❙起源❙
水屋の歴史は、茶室が誕生する以前の時代にまで遡ります。
室町時代(1336-1573)、喫茶の場であった「会所」には、今日のような独立した「水屋」は存在せず、茶道具一式を飾る「茶湯棚」が設けられていました。また、当時の神社などには「茶湯水棚」「水棚」といった言葉が見られ、これらが後の水屋の原型になったと考えられています。
また、当時の亭主は茶の湯に臨む前に、髪や髭を整え、身を清める「水浴」という習慣を持っていたとされます。これは仏教における「斎戒沐浴」の精神と通じるものであり、茶の湯の場を神聖なものとするための儀式であったと推測されます。しかし、今日ではそのような設備が現存する茶室は確認されていません。
❙成立❙
その後、茶室が誕生しても、現在のような独立した水屋はまだなく、茶室の縁側や書院の一部に棚を置き、茶道具を飾っていたと考えられています。しかし、茶の湯の発展とともに、道具の準備や管理をするための場が必要とされるようになり、次第に専用の空間が確立されていきました。
やがて、『千家開祖/抛筌斎千宗易(利休)(1522年-1591年)』の登場により、水屋には棚や水皿が設けられ、現在の水屋の原型が完成しました。『千家開祖/抛筌斎千宗易(利休)』は、茶の湯の準備や片付けを行う場としての水屋の重要性を見出し、単なる道具置き場ではなく、亭主が心を込めて道具を整える場としての役割を確立しました。
この頃から、水屋は茶室とは別の空間として独立し、道具の清めや準備、炭や懐石の取り扱い、花の用意など、茶事全体を支える場所としての機能を持つようになりました。
元禄十四年(1702年)、『[茶匠/宗旦四天王]宗偏流開祖/山田宗徧(1627年-1708年)』が記した『利休茶道具図絵』には、「水遣の寸法」として、棚板の長さや框、釘の打ち方などが細かく記されています。これにより、この時期にはすでに水屋の形態が一定の形式に整えられていたことがわかります。
このようにして、水屋は茶室に不可欠な空間として確立され、単なる作業スペースではなく、茶の湯の精神を反映した場として、今日に至るまでその役割を担い続けています。
水屋は、単なる道具の保管場所ではなく、茶の湯のもてなしを支え、亭主が道具と向き合い、心を込めて準備を整える場として、今もなおその重要性を保ち続けています。
❙水屋 ~ 棚 ~
水屋棚とは、水屋に設えられた棚のことで、茶の湯の準備や片付けを円滑に行うために、道具を整理・収納しやすく工夫された設備です。一般的な水屋棚の大きさは、間口が台目幅の四尺半(約136.5cm)、奥行二尺(約60.6cm)、高さ五尺五寸(約166.5cm)とされ、水屋の規模や用途に応じて設計されています。
また水屋棚の下部には、水を流すための「流し」が設けられており、これを「水皿」 と呼びます。水皿には蓋がついており、取り外しやすい構造になっているほか、底を舟形にして水が落ちる音を和らげる などの工夫が施されています。
❙形式❙
水屋棚の形式は、流派や水屋の規模により異なりますが、代表的なものとして 「表千家」と「裏千家」 の違いが挙げられます。
[表千家]
▶表千家の水屋棚では、柄杓を棚に置くため、「水皿」のまわりの腰板が低く設計 されており、上部には二種類の二枚の棚が設けられています。さらに、棚の上部には二重の隅棚 が備えられ、道具を整理しやすい構造になっています。
[裏千家]
▶裏千家の水屋棚では、「水皿」のまわりの腰板を柄杓が掛かる高さに設定し、上には三種類の四枚の棚が設置 されているのが特徴です。棚の枚数が多いため、より多くの道具を効率的に収納できる設計 になっています。
❙設備❙
水屋の規模に余裕がある場合は、「水皿」の横に物入を設けたり、上部に棚や天袋を設置する ことがあります。また、水屋の前面を板張りにし、「炭」や「灰」を納めるために「榑縁(くれえん)」 と呼ばれる切り目の入った板の間を床に設けることもあります。かつては電気設備が無かったため、水屋には「丸炉」と呼ばれる炉が設置され、替えの釜や火を常に用意できるように なっていました。さらに、古式の水屋では、現在のような水道設備がなかったため、腰板の部分に「水上口(水張口)」 という小さな口が設けられ、水を運び入れる仕組みが作られていました。
❙形式❙
水屋棚には、規模や用途に応じたさまざまな種類 があります。
[大水屋]
▶間口が一間(約182cm)、奥行二尺五寸(約75.7cm)の大型の水屋棚。大規模な茶事や茶会に対応する設備を備える。
[置水屋]
▶持ち運びが可能な水屋棚で、移動式の水屋として使用される。
水屋棚は、単なる道具置き場ではなく、茶の湯の準備を整え、亭主がもてなしの心を込めるための重要な空間です。その設計には、作法の美しさを際立たせるための工夫が施され、各流派や水屋の規模に応じて、機能性と意匠が工夫されています。
水屋の設備や歴史を知ることで、茶室の裏方としての水屋の意義をより深く理解することができます。
❙水屋 ~ 設え ~
水屋には、茶道具を整理し、効率よく準備・片付けができるように**「水屋棚」**が設置されています。水屋は単なる収納スペースではなく、茶の湯の流れを円滑にするための重要な空間であり、道具の配置には一定の決まりが存在します。
この道具の整頓と配置の仕方を「水屋飾」または「水屋荘り」といい、水屋の秩序を保つための心得として以下のような原則があります。
■ 水屋飾(水屋荘り) ■
一、水に関するものは下に
二、火に関するものは上に
三、大きいものや使用頻度の少ないものは上に
❙形式❙
水屋棚には、規模や用途に応じたさまざまな種類 があります。
1.水に関する者は下に置く
▶茶碗、柄杓、水指、建水、湯桶など、水を扱う道具は、取り扱いやすいように下の棚に配置します。これにより、点前の際に必要な道具がすぐに手に取れる状態となり、作業の流れがスムーズになります。
2.火に関する者は上に置く
▶風炉釜、炭道具、火箸、香合、灰器など、火を扱う道具は安全面を考慮し、上の棚に配置します。火に関わる道具を高い位置に置くことで、湿気を避け、火を用いる際の動作もより慎重に行うことができます。
3.大きいものや使用頻度の少ないものは上に置く
▶大型の茶道具や、季節によって使用頻度が異なる道具は、邪魔にならないよう上の棚に整理します。例えば、炉の時期に使用する風炉道具や、特定の茶事でのみ使用する大きな道具などは、高い位置に収納されます。
水屋の設えは、単に道具を収納するだけでなく、茶事の流れや亭主のもてなしの心を映す重要な要素です。道具が整然と配置された水屋は、茶席の準備をスムーズにし、茶の湯の美意識や精神をより深く表現する場となります。
適切に整えられた水屋は、亭主の心得と心構えを映し出す鏡であり、日々の手入れが行き届いた水屋こそが、もてなしの第一歩となるのです。水屋を清潔に保ち、道具を適切に配置することは、茶の湯の基本であり、亭主の心遣いを体現するものといえます。