top of page
❙上座床❙

点前座からみて正面右側(東側)に『床』を設けたものを『上座床』または『本床』と称します。

❙下座床❙

点前座からみて後面右側(東側)に『床』を設けたものを『下座床』と称します。

❙亭主床❙

点前座に『床』を設けたものを『亭主床』と称します。

❙江岑夏書❙

『表千家四代/逢源斎江岑宗左(1613-1672)』自筆の茶書(上下二巻)。寛文二年(1662)から翌年七月にかけて、とくに『夏安居(陰暦の四月十六日から七月十五日まで僧がこもって修行をする期間)』に記されたため「夏書」と呼ばれる。

懐 紙

懐紙は、日本の伝統的な和紙の一種で、主に和菓子やお茶の席で使われます。薄くて柔らかい特徴があり、手に持ちやすく、食べ物を包んだり、手を拭いたりするのに適しています。また、懐紙には美デザイン

懐 紙

懐紙は、日本の伝統的な和紙の一種で、主に和菓子やお茶の席で使われます。薄くて柔らかい特徴があり、手に持ちやすく、食べ物を包んだり、手を拭いたりするのに適しています。また、懐紙には美デザイン

懐 紙

懐紙は、日本の伝統的な和紙の一種で、主に和菓子やお茶の席で使われます。薄くて柔らかい特徴があり、手に持ちやすく、食べ物を包んだり、手を拭いたりするのに適しています。また、懐紙には美デザイン

懐 紙

懐紙は、日本の伝統的な和紙の一種で、主に和菓子やお茶の席で使われます。薄くて柔らかい特徴があり、手に持ちやすく、食べ物を包んだり、手を拭いたりするのに適しています。また、懐紙には美デザイン

茶匠

❙北向道陳 (きたむき・どうちん)

永正元年(1504年)-永禄五年(1562年)一月十八日

室町時代後期の堺の茶匠で、空海に茶の湯を学ぶ。千利休の最初の師であり、後に、武野紹鴎に利休を推薦し引き合わせたといわれます。道陳の茶は、能阿弥の影響が強い書院の茶とされています。

大徳寺住持

❙古渓宗陳 (こけい・そうちん)

天文元年(1532年)-慶長二年(1597年)一月十七日/六十六歳

安土桃山時代、臨済宗の禅僧であり、蒲庵古渓(ほあんこけい)とも呼ばれます。大徳寺の住持となり千利休に禅を教え参禅の師となります。

茶匠

❙武野紹鷗 (たけの・じょうおう)

文亀二年(1502年)-弘治元年(1555年)十月二十九日

室町時代末期の堺の武具商人で、歌人であり茶匠。大徳寺で禅の修行をし、「紹鴎」の号を得る。

十四屋宗伍に茶を学び、茶の湯の簡素化、草体化を進め侘茶を完成させる。北向道陳に次ぐ千利休の茶の湯の師として知られています。

茶匠

❙北向道陳 (きたむき・どうちん)

永正元年(1504年)-永禄五年(1562年)一月十八日

室町時代後期の堺の茶匠で、空海に茶の湯を学ぶ。千利休の最初の師であり、後に、武野紹鴎に利休を推薦し引き合わせたといわれます。道陳の茶は、能阿弥の影響が強い書院の茶とされています。

大徳寺住持

❙古渓宗陳 (こけい・そうちん)

天文元年(1532年)-慶長二年(1597年)一月十七日/六十六歳

安土桃山時代、臨済宗の禅僧であり、蒲庵古渓(ほあんこけい)とも呼ばれます。大徳寺の住持となり千利休に禅を教え参禅の師となります。

茶匠

❙武野紹鷗 (たけの・じょうおう)

文亀二年(1502年)-弘治元年(1555年)十月二十九日

室町時代末期の堺の武具商人で、歌人であり茶匠。大徳寺で禅の修行をし、「紹鴎」の号を得る。

十四屋宗伍に茶を学び、茶の湯の簡素化、草体化を進め侘茶を完成させる。北向道陳に次ぐ千利休の茶の湯の師として知られています。

点 前 帛 紗

扇 子

懐 紙

​菓子楊枝

古 帛 紗

​出 帛 紗

帛 紗 鋏

​数寄屋袋

bottom of page